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池田重一氏 Interview
21年間在籍した大阪フィルハーモニー交響楽団を2012年に退団し、大阪音楽大学にて後進の育成に努める池田重一氏(以下敬称略)。これまでを振り返りつつ、ハンス・ホイヤーに対する印象をお話しいただいた。(取材:今泉晃一)
お坊さんに、「永遠に向かって吹きなさい」と言われた
大阪フィルを退団されてから、どのようなことに力を入れてこられたのですか。
池田 ここのところ、これからを担う子どもたちの助けになれるようにと活動してきました。これからは吹奏楽部の活動も大変になってきますので、少しでも子どもたちが音楽をやるモチベーションが上がるような手伝いが何かできないかということで、先日は大阪音大の学生と子どもたちが一緒に楽器を吹く場を設けました。これは大学生にとっても勉強になりますし、子どもたちにとっても音大生の演奏を聴けるということで、一緒に遊ぶような感覚で、楽しく勉強できると思います。結局は大学生たちが一番楽しそうにしていました。
大阪フィルにいらっしゃった21年間、振り返ってみるとどんな時間でしたか。
池田 私にとって必要な時間だったと思います。演奏することが仕事ではありましたが、結局は「人に何をどう伝えるか」がテーマでした。今は大阪音大で教えていますが、そのテーマは変わっていません。
授業では「結局は人間やで」とずっと言っているのですが、上手とか下手とかそういうことも含めて、まず人間がきちんとできていないとだめだと。人のことは言えませんけれどね(笑)。いずれにせよ、演奏するときには「どういう人に、どういう音で、どう伝えるか。それがどんな感じで伝わっているか」といつも考えていました。
大フィル時代は体重がずっと42kgでガリガリにやせていたのですが、退団してから10kg太って、「そんなにつらかったのか」と周りから言われました(笑)。実際にプレッシャーはかなりありましたけれど、それはともかくとして、小さい体で何ができるかということもテーマのひとつにしていましたので、息の入れ方、そのスピード、口の開け方とか舌の位置など、常に考えながら吹いていました。
その経験から、学生に教えるときは「舌の位置を2mm下げてみて」というように、見えない口の中のことを言えるようになったのも、大フィル時代にいろいろなことを考えていたおかげかなと思います。
特に強く意識していたのはどんなことですか。
池田 音色とか音の飛び方に関してはかなり気を使っています。「音を飛ばす」ということに関しては、ドイツ留学中に面白いことを言われました。
相手は日本人の位の高いお坊さんなのですが、知り合いを通して「音楽の勉強について、今後どういうことをやっていけばいいか」とアドバイスを求めました。そうしたら、「永遠に向かって吹きなさい」ということを言われたんです。当時はよく理解できなかったのですが、後で考えるとものすごく素敵な言葉をいただいたと思います。よく「ホールの一番後ろまで音を飛ばせ」などと言われますけれど、そのお坊さんは「人の心の中まで届くような音を出しなさい」ということを言っていたのかなと思いますね。
大阪フィルではザ・シンフォニーホールという響きの素晴らしいホールで演奏することが多かったわけですよね。
池田 でも、ザ・シンフォニーホールに移る前、10年くらいはフェスティバルホールで演奏していました。2700人くらい入る大きなホールなので、後ろの席まで音を飛ばすのはとても難しいんです。だから私の中ではフェスティバルホールに育ててもらったという気持ちがあります。特に朝比奈(隆)先生の時代はずっとフェスティバルホールで、「もっと吹け! 聴こえなかったらしょうがないだろう」と言われ続けていました。
フェスティバルホールでは太い音を出すこと、音を遠くに飛ばすことが大きな課題でしたが、プレーヤーにとっては今自分の音がどこに飛んでいるのかわかりやすいホールでした。ザ・シンフォニーホールのように全体に響くよりも、直線的に音が飛んでいく感じがわかりやすかったように感じます。
「音を飛ばす」には、結局どうすることが必要なのでしょうか。
池田 すべては口の中の問題なんです。舌と上あごの隙間の開け方とか、その角度の問題です。最近、学生にはよく角度のことを言っていますね。息の出て行く角度をきちんと決めなさいということです。
例えば野球のボールがバットに当たったときに、どういう軌道で飛んでいくかをイメージするとわかりやすいです。細くて硬いバットにコツンと当てたら球は遠くまで飛んでいくけれど、太く柔らかいバットでは思い切り振っても球は飛びません。要するに、口の中の息の通り道を研究することが必要なんです。
それから、まず大きい音がちゃんと鳴らないといけない。そこからppをコントロールしなさいと言います。ひそひそ話って息のスピードが上がるので実は結構通るじゃないですか。お腹で支える場所も、大きい音とは違います。ただこういう説明は人によって捉え方が異なりますので、やはり相手によって言い方を変えなければならないということです。
写真左:池田重一氏が指揮をされた大阪音学大学ホルン専攻生によるブルックナーの交響曲第4番のCD、写真右:大阪音学大学ホルンアンサンブル
バイク、カメラ、ホルン……。全部つながっている
今は大阪音大で教える側ですが、池田さん自身が大阪音大に通っていた頃はどのような学生でしたか。
池田 そうですね。ホルン以上にオートバイにハマりましたので、バイクで走り回っていましたよ(笑)。ただ、バイクのアクセルワークはホルンの息の使い方と間違いなく共通していると思いますよ。例えばホルンで真っ直ぐ音を伸ばすのはバイクで真っ直ぐ走っているシーンと同じイメージですし、フレーズを歌うときにはコーナーに入ってアクセルを開けていくのと一緒です。クレッシェンドしていかないとフレーズを吹ききれない感じですね。
あと、夜バイクで山の中を走っていていきなりヘッドライトが消えたことがあって、スイッチをパチパチやったら点いたのですが、ものすごく焦りました。ふと我に返ったらヘルメットの中で目を三角にしてすごい形相をしている。でもこの感覚どこかで……と思ったら、演奏会の本番でもよくこんな目をしているな、と(笑)。
集中しているときは目を見開いて、カッと睨むような感じで吹いていますけれど、そうすると音がはっきり出るなど、いい影響があるんです。レッスンのときに学生の目を見ていると、もやっと吹いているのか集中しているかわかりますよ。いわゆる目力ですね。
バイクの経験がホルンにつながるというのも面白いですね。
池田 結局、全部つながっているのかなという気はしています。最近はカメラにハマっていて、「ホルンと風景」というテーマであちこち写真を撮りに行っています。これも構図を考えたり、明るさとかを考えることが、フレーズの中で息をどう使うか考えているときと同じ感じなんですよ。
池田重一氏がツーリング中に撮影されたお写真。
宮川彬良&アンサンブル・ベガもメンバーになられてかなり長いですね。
池田 もう25年になります。宮川さんがオリジナルの編曲をしてくださって、一時期に比べるとずいぶん減りましたが、今でも全国あちこちを回らせていただいてます。アンサンブル・ベガでも「音の色」が非常に大事になりますので、みなさんものすごくこだわっています。ただ音を出すだけでなく、「ここはこういうテーマで書いているから、こういう音にしてほしい」というものがありますので。しかもクラシックだけでなく、いろいろな要素があります。私も高校時代はバンドを組んでドラムをやっていたくらいなので、好きなんですよ。それも今何かの役に立っているのかなと思います。
「音の色」ということに関連して言うと、池田さんのヴィブラートが非常に印象的で、とても美しいと思います。日本ではホルンでヴィブラートをかける人は少ないですね。
池田 上手な人はまっすぐな音で吹かれますね。まっすぐ音を出した上でちょっと(ヴィブラートを)かけるのがいいのかなという気はします。以前は「自分なりの表現をしなければ」と思い、無我夢中でヴィブラートをかけていましたが、今はここぞという場所でかけるようにしています。
学生時代から、レッスンを受けるときには「ヴィブラートをかけていいものか」という質問はよくしていました。ドイツに留学しているときも、最初に習ったデイヴィッド・ブライアントというアメリカ人は当然かけませんし、リカルド・アルメイダというキューバ人の先生もかけませんでした。日本に帰って来てからも「なんでヴィブラートかけとんじゃ!」と怒られたりしたこともありましたし、当時は嫌っている方も割と多かったですね。まあそのうち諦めたみたいで、言われなくなりましたけれど(笑)。
今でも、ヴィブラートを生徒に教えることはありません。勝手に真似する子はいますけれど。
最初は、誰かの演奏にインスピレーションを得て?
池田 そうですね。元チェコ・フィルのティルシャル兄弟にはちょっと影響されたと思います。真似をしたわけではないので、全然似ていないとは思いますけれど。僕の場合は、上行形のときなど気持ちが高まるときにヴィブラートがかかります。それから、pでの音のしまい際のときに少しかけるときれいだと思っています。
今ではベルリン・フィルのシュテファン・ドールなども歌い込むときにヴィブラートがかかります。
池田 彼も学生時代にはまったくかけなかったのだと思いますが、年とともに感情の表現がああいう形になってきたのだろうと思います。彼と同時期にケルンに行っていましたので、ドールとは面識はなかったですが、同じエーリッヒ・ペンツェル先生に僕も最初は習っていました。
ただ、彼の要求するアンブシュアと合わなくて、音が出なくなってしまったという経緯があります。僕の師匠は近藤望先生で、その先生がペンツェルであり、近藤先生の紹介でドイツに行ったので「先生を替えたい」なかなか言い出せずに難儀しましたが、日本に電話をかけたときに「お前の好きなようにしなさい」と言ってくださったので、私の人生が変わりました。
池田重一氏と〈ハンス・ホイヤー〉のホルン
倍音が豊かで楽器自体がよく響き、コントロールしやすいから、若い人に薦められる
さて、近頃はハンス・ホイヤーの楽器を吹かれる機会も多いとうかがっています。
池田 楽器の選定をさせていただくことが多く、さきほどもお話しした音色とか音のコントロールのしやすさなどをトータルすると、学生にはハンス・ホイヤーが向いていると思っています。中でもガイヤータイプの“801”(もしくは“801J”)は入門用としてとてもいい。
私の娘もホルンをやっていますが、中学に入って楽器を買おうというときにハンス・ホイヤーの“6801”を選びました。クルスペタイプの“6801”も吹きやすくていい楽器ですね。その楽器で、様々なコンクールや演奏会で活躍しました。
ハンス・ホイヤーは音の立ち上がりもいいですし、響きもいいので、若い人たちが楽器を選ぶ際に薦めることが多いです。ガイヤータイプかクルスペタイプかというのは、構えたときの重心の位置が違って、4番ロータリーが手前にあるクルスペタイプ(“6801”)の方が、個人的には小指に負担がかからないと思います。音色的には“6801”の方が柔らかめに感じますが、そのあたりはこだわりすぎずに、自分が吹きやすい方を選んで問題ないと思います。
ハンス・ホイヤーは歴史が長く、もともと東ドイツにあったメーカーですが、今は当時とは比較にならないくらい楽器のクオリティが上がっています。どの音域も吹きやすいし、ムラなく鳴ります。ロータリーのレスポンスもめちゃくちゃいいし、音程もよくなっています。やはり技術が進歩しているのでしょうね。
(写真左から)〈ハンス・ホイヤー〉 “801”、 “801J”、 “6801”
現在のラインナップで気になる楽器はありましたか。
池田 先ほど全モデル吹かせていただいたのですが、中でも“K10”は素晴らしいと思いました。音大の学生たちにも評判がよかったですね。持ったときにもバランスに違和感がありませんし、巻き方に少し余裕を持たせているので、柔らかい音が出ます。一方で、メインのチューニングスライドが程よい間隔なんですね。たぶんこれが効いているのだと思いますが、より圧力をかけられるんです。僕はそういう楽器の方が好きですね。抵抗感があると言い換えてもいい。抵抗感がある方がコントロールはしやすいし、ヴィブラートもかけやすいです。
僕は関西弁で吹きたいんですよ。それにはやはり楽器に抵抗感があった方がいい。非常に説明しづらいんですけれど、「なんでやねん」の「で」みたいにちょっとアクセントというかテヌートのかかる場所があるんです。やりすぎると後押しになってしまうので、絶対にやってはいけない。でも僕はテヌートがかかっているところが関西弁だと思っていて、テヌートは「長く」という意味ではなく、そこで何かを伝えたいから棒が引っ張ってある。つまり「なんでやねん」の「で」ところのように、念を押す場所が音楽にもあるということです。
話が少しそれましたが、同じハンス・ホイヤーでも“801”は“K10”と比べると抵抗感は少ないですが、適度にはあります。抵抗感はありすぎるときつくなりますが、ないと音のツボがはっきりしなくなってコントロールしづらくなりますからね。ハンス・ホイヤーはそれにプラスして倍音が豊かで楽器自体がよく響く。だから中・高校生にも薦められるんですね。
〈ハンス・ホイヤー〉 “K10”
最後に、これからやっていきたいことがあれば教えてください。
池田 一番最初にも話させていただきましたが、子どもたちがどういうふうに楽器と向き合い、「楽器って面白いな」と思ってもらえるか、そのあたりを広げていくのが僕の仕事なのかなと思っています。それを大学生とも一緒になってやっていけたらいいですね。本当は行政が取り組んでくれるのが一番なのですが。
今は部活動にかなり制限がかかっていますので、楽器を練習するのに十分な時間が取りづらいんです。だからその助けになるようなことを模索していかないといけないのかなあ、と。まずは一緒に吹くということから始めて、子どもたちが笑顔になるようなことをしてあげられたらいいなと思っています。
ありがとうございました。
※(写真左)池田重一氏のご子息 池田泰宏氏が運営するジュエリーショップ ASHIOURY(アシュリー)のホルンを象ったジュエリー。写真のジュエリーは〈ハンス・ホイヤー〉のホルンがモデルとなっている。ASHIOURYでは、オーダーメイドジュエリーのほか、楽器ジュエリーやサウンドストーン等のオリジナル製品を制作している。(写真右)池田重一氏と大阪音楽大学の学生の皆様